「最近商売はどう?」
「いいね。特に今日はついている。朝一番にお客さんをサンノゼ空港まで送った。そして、今度はサンフランシスコ空港だ。昼過ぎには予約も入っている。今日は週末で道もすいている。クルマも飛ばせる。」
「GoodDay (いい天気だ)。」
「そうだ」
真っ青な青空というわけではないが、それでもすがすがしい朝の空だ。クルマはサンノゼからサンフランシスコ空港に向かって一路、101号路を走る。
彼はインド人に見て取れた。ねずみ色のジャケットを着ている。歳は40代に見えた。最近のシリコンバレーは、中国人とインド人が急増している。特に成長するソフトウェア産業では、インド人の力が大きい。GoogleやYahooもシリコンバレーに本社がある。昨日、会った単身駐在しているTさんが言っていた。ソフトウェアの技術者は、家でも仕事ができるから、昼から、住んでいるフラットはインドカレーの匂いでぷんぷんだよ。
「出身はどこ?」
「パンジャブのディランダだ。」
パンジャブと聞いてインドと判った。ただディランダという街は知らない(Dinanagarの事か?)。
「何時アメリカへ?」
「20年以上前だな。」
その後、話のやりとりの中で、彼が今年39歳、まだ小さな4歳の長男と娘が居る事を知った。日本にはまだ来た事はなかった。
パンジャブ、20年以上前。。。思い出すところがあった。
私が、ヨーロッパからパキスタン・ラホールを経てインド・アムリトサルに入ったのが1984年春だった。当時、自治を求めていたシーク教徒とインド政府の間で緊張が走っていた。黄金寺院(ゴールデンテンプル)がある。
シーク教徒の聖地だった。
私は、その時、黄金寺院を訪ねた。外からはわからなかったが、中に入ると、真ん中に人工の池があり、その四方を美しい白亜の建物が囲んでいた。寺院の外の喧騒な世界とは異なる別世界があった。池には蓮の花が咲いていたような記憶があるが定かでない。天国というところがあればこんなところかもしれないと思った。しかし、緊張感は私にもわかった。武器をもったシークの兵士が寺院の周りそこかしこに居たような記憶がある。日本に戻ってから、その数カ月後、政府軍が黄金寺院に突入し、数百名の死者が出る悲惨な事件が起きたのを新聞で目にしたのは。
「パンジャブといえばシーク教徒が多いが。。。」
「私はシーク教徒だ」
「でも帽子(ターバン)をしていないじゃないか」
「はは、ここはアメリカだ。でも、見てくれ」
と言って、右手のシャツをまくって、銀色の腕輪を私に見せた。
「シークはこれをする。この腕輪をしているのはシークさ。」
昨日、サンノゼ空港から乗ったタクシーの運転手はターバンをしていたのですぐシーク教徒とわかった。
「昨日乗ったタクシーの運転手もシーク教徒だった」
「ここのインド人のタクシーの運転手は皆シーク教徒さ。そうだな。。。98%以上だろう。」
シリコンバレーのインド人のタクシー運転手の殆どがシーク教徒である事を初めて知った。やはり、同胞、皆助け合いながら特定の職種に集まるのだろう。
「黄金寺院に行った事があるよ。1984年だ。当時は政府とシーク教徒の間で緊張があったな。」
「そうか、行った事があるのか。あの時、政府軍は罪もない何百人ものシーク教徒を殺した。。。。。僕の知り合いも居た。怖くなって、(アメリカ)逃げてきたの。全て政治の問題だよ。」
当時彼は、まだ20歳直前の血気盛んな頃だっただろう。彼がアメリカまで逃げようと思うまで何かあったのか。細かいところまで伺い知れないが、政治的な衝突は常に一介の市井の人々の生活まで狂わしていく。
「でもインドは変わった。知っているか、今の首相はシーク教徒だ(マンモハン・シン首相を指す)。信じられない。ソニア・ガンジーがイタリア人だからだ。彼女は人を差別しない。」
ソニア・ガンジーは元首相だったラジブ・ガンジーの妻である(元はイタリア人)。主人が暗殺された後、政界の指導者になっている。(因みにラジブ・ガンジーの母インディラ・ガンジーはシーク教徒に暗殺された)
「インドもだんだん豊かになってきているね。」
「そうだ。インドも良い方向に向かっている。」
「インドには最近行った事があるのか?」
「最近は毎年1回は行っている。親戚もいるし。」
「グリーンカードは取ったのか?」
「取ったよ」
グリーンカードは米国永住権である。移民は皆これを望んでいる。
暫く沈黙があった。彼は、見知らぬ日本人からいろいろ聞かれたのを契機に、自分がここに来た頃から今までを思い出していたのかもしれない。
遠くにサンフランシスコ空港が見えてきた。
彼はポケットから名刺を取り出して、
「次、立ち寄ったときも使ってくれよ」
「次の水曜日、また戻ってくるが。。。でも、既に知人が待ってくれている」
「いいよ。その次の機会で。」
「どこのターミナルだ?アメリカンエアーか?」
「そうだ。ターミナル3だ。」
タクシーは静かにターミナル3の駐車場に滑り込んだ。
「ありがとう」
「ありがとう」
「Good Day」
我々は分かれた。タクシーの前で軽く手を上げた彼を見ながらターミナルの中に入った。
私はニューヨークに向かう。
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