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2009/08/23

8月23日 期日前投票と大決算セール

 総選挙投票日に不在なので、期日前投票に初めて行った。市役所の投票所は思っていたよりも人が多く、途切れなく投票する人が続いていた。

 その後、朝刊のちらしにあった近所のスーパーの「決算謝恩大決算セール」に付き合う。こちらはもっと人であふれていた。ロシア産活毛ガニやらたまご、お米等等が特価。まだ午前中にも関わらずレジには人が並ぶ。

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2009/02/06

Oak Bar Ⅱ (赤坂)

180pxquercus_robur  Oakとは楢(ナラ)、落葉樹でウイスキーやワインの樽に使われる。家具にも使われる。そんな木の名前がついたショットバー。 

 ゆっくりと、軽く喋りながら酒を飲みたい時がある。N君を誘って、赤坂一ツ木通りのOak Bar に立ち寄った。時間が早いせいか、客は誰もいない。女性のバーテンダーが二人、木製のカウンターの中に立っているだけ。

 バーは食後によく立ち寄る事が多いが、先に行く方が良いと思う。酒の味が見えるから。
 パブではないが、ビールにした。Guinnessを頼んだ。濃い琥珀色。綺麗な泡立ち。

 尋ねると店はおよそ8年目との事。ITバブルの頃に出来たのかと思う。40から50代の客が中心で、午後九時を廻ると増えてくると言う。隣は、ミシェランにも載っているというすし匠斎藤。席待ちの客が、このバーで過ごす事もあるらしい。

 Jack Daniel'sを頼む。何故か私はこのテネシー・ウィスキーをいつも頼んでしまう。好きなのか、自分でも本当の理由はわからない。昔から飲んでいるせいだろう。

 岩手と茨城から来たというその女性のバーテンダー達は、他に客もいないせいもあり、我々の話に時折耳を傾けながら、話の相手にもなってくれた。

 2杯目を飲み終わり、席を立った。緩い時間が今日の落ち着きを取り戻してくれる。階段をおりて、赤坂見附駅に向かう。

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2009/02/01

福澤諭吉展 東京国立博物館表慶館

Fukuzawayukichiten  慶應義塾創立150周年記念として東京国立博物館で開催されている福澤諭吉展に行きました。

 福澤先生はよく思想家と言われますが、近代社会を切り開く思想を行動で実践・実現する人間的な巨人だった事が展示を通じてよくわかりました。

 人として独立する気品を持つ為に、その基盤として「身体の健康」を重んじました。また、当時としては進歩的な態度で「女性を男性と同じ大切な存在として扱う事」、「家族を大切にする、団欒を楽しむ事」をしました。

 "社会"は与えられたものではなく、独立した個人と個人の「人間交際」を通じて形造るものと認識した事は現代にも通じる画期的な考えだと思います。

 智性を深める中で、「気品を涵養する」という教育方針は、慶應義塾の教育の中で実践されました。

 個人および国家としての「独立自尊」の基盤として経済的自立は重要視され、「実業を重んじた」事はよく知られていますが、その教育から多くの国家や地域経済を支える実業人が誕生しました。また公権力に対しても決してへつらう事なく、「民」の立場から演説とメディア(新聞)を通じて堂々と持論を展開しました。アジアの国々に対しても、その近代化を人との交流・教育を通じて支援していこうという姿勢があった事も知りました。

 近代社会が、決して上からの押し付けで成り立つのではなく、「独立した個々の民」の精神によって成り立つ事を、海外での見聞や学習、研ぎ澄ました感性を通じて実感していたのだと思います。

 オバマ米国新大統領が就任演説で、"it is ultimately the faith and determination of the American people upon which this nation relies" (わが国がよって立つのは国民の信念と決意である)、"What is required of us now is a new era of responsibility - a recognition, on the part of every American, that we have duties to ourselves, our nation, and the world, duties that we do not grudgingly accept but rather seize gladly, firm in the knowledge that there is nothing so satisfying to the spirit, so defining of our character, than giving our all to a difficult task."(米国民一人ひとりが自分自身と自国、世界に義務を負うことを認識し、その義務をいやいや引き受けるのではなく喜んで機会をとらえることだ。困難な任務に我々のすべてを与えることこそ、心を満たし、我々の個性を示すのだ)と演説しましたが、現代にも福澤先生と同じ思想が求められている事がわかります。

 与えられるのを待つ人間ではなく、自ら人生を切り開き、独立する気品ある個人、人と語り合い交流の中から文明を築こうとする個人を、近代社会実現の為に求めていたと思います。

 勇気づけられる展示でした。

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2009/01/24

[関西再発見] 鶴橋風月 お好み焼き

2009_0124af_okonomiyaki  久しぶりに子供達とラウンドワンでボーリングした後に、近所の鶴橋風月のお好み焼きを食べに行った。風月は焼き手に向って鉄板を囲んで食べるという典型的なお好み焼き屋さんスタイルではないが、煙立つ鉄板を囲んで座りながら子供達と食べるお好み焼きはのんびりリラックスで悪くない。 

 カップの中には、具材。。。小麦粉の生地に刻んだキャベツ、イカ、ホタテ、ネギ、エビ、豚肉、牛肉。。。中の卵を潰し、かき混ぜ、全体を馴染ませ、そして、鉄板の上に被せるように置く。周りに広がったキャベツを上手くまとめ、形を整える。焼きあがるのを待つ。

2009_0124ah_okonomiyaki ナマ中を飲みながら焼けるのを待つ。

 子供達は先に出てきたとんぺい焼をつついて待つ。

 花かつおを散らす。お兄さんが、片面焼きあがった頃を見計らって裏返しに来る。

 いい焼き色になったら、再度裏返し、マヨネーズとお好み焼きソースをかける。さあ、出来上がり。

 関西に生まれて良かった。

 

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2009/01/06

村上龍の意見を読んで。「開放的な連帯」。

 今朝の日経新聞25面の村上龍の意見は、現在の危機の本質を突くものと思います。リーマンショック等の金融危機は現在の危機の契機に過ぎず、本質的な問題は遥か前から進行し、今回の危機を契機に顕在化したにすぎないと思っています。問題の所在を正しくつかまないと、対策の処方箋は書けません。

 村上龍は「サブプライムローン問題が発生する以前から、日本社会は、各層、各組織相互の信頼が失われつつあって、今回の経済危機でさらに鮮明に表面化した」と書いていますが、その通りだと思います。

 私は、今回の危機は、90年頃に始まった資本主義自由経済社会のグローバル化の「調整期の始まり」だと考えています。即ち、1989年のベルリンの崩壊、1991年のWWWの発明、1992年の鄧小平の南巡講和等を通じて、それまで米国・西欧・日本等世界の一部にすぎなかった「資本主義自由経済社会」に、ロシア・東欧・中国、そして新しいネット空間を通じて大量の人達が流れ込んできました。この量的拡大が、その後約20年に渡り、グローバル化という名の元、小変動や摩擦を生みつつも世界的な経済の拡大と発展をもたらしたと考えています。

 しかし、この過程で、本来「資本主義自由経済社会」を支えていた、所謂M.ウェーバーが見出した禁欲的合理的なプロテスタンティズムの倫理や儒教的刻苦精励質素倹約の精神だけでなく、享楽的、浪費的精神、或いは利益が自己目的化したような行動が入り込みあるいは変質発現し、経済が成長しつつも、基盤となる精神の希釈化、混濁化が進んだと思います。実際、この20年に起きた多くの経済事件を思い起こせば、この事実を感じる事ができるのではと思います。そして、それが、村上龍が言うような「信頼が失われつつ」ある社会を浸透させてきた、そして、調整が必要になったと考えています。

 村上龍はこうした状況の中、例えば経営と労働の対立を煽っても本質的な解決にはならない、問題を矮小化してしまうだけと考え、むしろ、社会の中に、新たな信頼の「再構築」を、それを「環境」と「家族・世間などの親密で小規模な共同体」によって為そうと提案しています。

 私も同じような考えですが、グローバル化した社会の中に於いては、「開放的な連帯」がとりわけ重要になると思っています。たとえば、近年の例でとれば、大地震や大災害の時に自然と生じた見ず知らずの人達に対するボランティア支援活動、自立の為の小規模な事業資金を融資するマイクロ・ファイナンス、或いは社会企業家と呼ばれる人達の活動。これらは、旧来の共同体の枠を超えた「開放的連帯活動」と呼べるものだと思っています。こうした活動が、新しいグローバル化を前提とした社会で重要な役割を担っていくべきと思います。こうした活動に光を当てる事、支援する事、環境整備する事が大切だと考えています。

 社会の様相は、結局、構成する一人一人の精神活動の集合体であり、この危機に直面した私たちは、危機に怯えて心を閉じていくのか、それとも目を見開き、新しい時代に合わせた精神を身につけていくのか重要な局面に差し掛かっていると思います。

 アメリカの近く就任する新しい大統領は言っています。「Yes, we can」。そうありたいと思います。

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2009/01/01

あけましておめでとうございます

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 近くの釣鐘山に初日の出を見に行く。曇りでお天道様は拝めなかったが、肌寒い元旦の朝、目覚めつつある眼前の川西市街から、伊丹空港、豊中市、梅田高層ビル街、そして大阪平野の向うに生駒・金剛山地を見渡す事ができた。2009年、己丑(きちゅう)の年が始まった。

 

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 帰り道、小戸神社に初詣。家族と社会の幸せを願う。

 

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 万両の赤い実が、上ってきた朝日に輝いていた。

 本年もよろしくお願いします。

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2008/09/07

運動靴

 「○○○○君、大きくなったなあ。。」近所の判子屋のおやじさんが、久しぶりに会った息子を見て言った。息子は、幼児の頃、その判子屋さんの店の前にあった回転する三文判の引き出しをよくぐるぐる回していたものだ。

 いつの間にこんなに大きくなったのか。近くのジャスコで息子の運動靴を買う時、自分より大きなサイズを選ぶようになった事に驚いた。

 久しぶりに息子と一緒にちょっと長距離の、といっても数キロだがランニングをすることにした。いつもは嫌がるのだが、今日は新しい運動靴のせいか、付き合うと言う。さっそく走り出したのだが、こちらは少し走るともう息切れ。しかし、息子はすいすいと先を行く。昔、自転車で追いつかず、泣いて追いかけていた姿はすっかり遠くになってしまった。

 といっても、まだ父親の意地もある。練習を重ねて、11月には、近くである川西一庫ダムマラソン大会に出てみようと思っている。

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2008/01/02

あけましておめでとうございます

080101_hatsuhinode  皆様 良き新年をお迎えの事と存じます。
 今年もよろしくお願いいたします。

 Mが近くの山から撮った初日の出の写真です。こちらは晴れの元旦を迎えました。

080101_hatsumoude 親戚が集まり、御節を食べます。近くの地元の神社に初詣に行きました。既に多くの人がお参りの列を作っています。今年も良い年であること、家族や周りの人々が皆幸せであることを祈りました。

 花弁餅を食べます。新年の和菓子ですね。白味噌餡とごぼうの蜜漬が求肥で包まれています。白肌の求肥にほんのりと赤みがかっています。その紅白の色を愛でながら、美味しく味わいました。

 正月二日目の今朝、六甲山は頂までよく見えます。今日も良い天気になるでしょう。

 朝食は、Carpentersを聴きながら。

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2007/12/30

散髪と岡山高梁

今年も残り2日となった。正月を迎える準備、飾り付けをしたり、花を飾ったりする。散髪に出かけた。座りながら、おやじさんと話をする。もう60歳位だろうか。

「帰るんですか」

「いや帰らん」

「何処でしたっけ」

「岡山の高梁じゃ。伯備線が走っとる。綺麗なところじゃ。その辺りは誰も住んでけんから河は透明じゃ。鮎がぎょうさんおるわ。」

おやじさんは、眼前にその光景を甦らせているかのように語りながら、私の髪を切る。

「親父はよう働いとった。朝から晩まで仕事しとった。近くに銅山があってな、百姓と銅山の仕事と両方しとった。働きすぎたんやろな、早う亡くなってしもたが。」

銅山というのは、吹屋(吉岡)銅山をさす。戦国時代、尼子氏と毛利氏がこの銅山を巡って争った。江戸時代には天領幕府直轄地となり日本の6大鉱山の一つだった。明治以後は三菱金属が所有した。

「親父が亡くなってからは、集まらんな。他人が入ると気使うわ。兄弟達で酒くらっても、余計な事言えんしな。」

父親が生きていた頃、その周りに兄弟家族達が気楽に集う姿が目に浮かんだ。

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2007/07/15

台湾Jさん家族と梅田スカイビルへ

 台湾から来たJさん家族4人と夕食を梅田スカイビル地下の滝見小路街でとった。今回は娘さんの大学受験が終わって、家族水入らずの旅行との事。京都、神戸、大阪と回る。台風4号で始めは生憎の雨模様だったが、今日は、台風も通り過ぎ、晴れ間も見える日となった。大阪城、海遊館、ヨドバシカメラなどを回ったそうだ。食後、空中庭園展望台へ。台風一過、夜景の美しい大阪、兵庫、六甲方面、生駒方面が広く見えた。

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2007/07/08

Adirondock Mountains

 NYに住むP君から、今年もまた1週間の休暇をとって lower Saranac Lake、Adirondock Mountains に家族でキャンプに行くとの連絡があった。 Adirondack 何処? 1932年と1980年、2度の冬季オリンピック会場になったLake Placid の近くらしい。地図で調べると、NYから北へ約300-400km、アパラチア山脈域の中にあった。

 http://visitadirondacks.com/ 、 Saranac Lake, NY を訪ねた。豊かな大自然、山と川、思わず暫く眺めていた。のんびりとしたいなぁ。

 さて、今から仕事、出張だ。

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2007/05/31

文章経国之大業、不朽之盛時

魏の文帝曹丕が「典論 論文」の中で述べた一説。優れた文章を残す事は国の大事業であり、朽ち果てる事の無い偉大な事業である、と。

 自分の文章力不足をつくづく感じる中で、尚更だが、昨今の学生に対する国語教育の状況を見ると危機感一塩である。へたな作文でも褒める、つっこみがない。文章を読む・書くという作業は最も知的な作業で、忍耐も要る。ところが今の教育は、その重要さをあたかもまったく無視しているように思う。文章力の欠如は、本当にこの国を滅ぼしかねないと思う。

 意味は分からなくても、小学生には古典の有名な一説や詩歌は暗誦させる事。作文を徹底して推敲させて仕上げて行く重要性などをもっと教えなくてはいけないと思う。中高生になれば、枕草紙、源氏物語、方丈記などの古典を読ませる。夏目漱石、森鴎外、芥川龍之介などの近代古典も読ませる。また漢文ももっと勉強させる。

 中国の幼稚園生や小学生は、李白や杜甫の名詩を多く暗誦させられている。意味はその時わからなくても、詩に潜むリズムや感性は、間違いなく脳の奥深く刻み込まれ、その後の文章力・知力の源になると思うのは間違いだろうか。

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2007/03/28

時間こそ

”時間こそ、次のステータスシンボル - 時間のもっとも洗練された使い方は、レジャー、旅行、子ども、勉強、瞑想、人への教育、長期休暇、頭のリハビリテーション、健康、社交である”

 EBワイズという調査マンの論文のテーマだそうです。忙中閑あり。毎日の生活の中、なかなかまとまった時間を取れませんが、だからこそ時間の惜しい程の大切さを感じるこの頃です。

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2007/01/05

経静脈性腎盂造影

 大きなクリーム色の巨大な筐体を持つその機械の寝台部に乗せられ、横たわる。本体から腕のように伸びたアームが身体の上に覆いかぶさるようにあり、屈曲し、その先端に、私の腹部を覗き込むようにガラス窓がついている。そこからX線が出るのだろう。

 造まず腹部の写真を撮られる。その後、X線を吸収するヨード系造影剤が、左手の肘の内側から静脈に刺入される。看護士が何度も気分は悪くありませんか、と聞く。体が少し熱くなりますが、それは異常ではありませんよ、と。

 造影剤を注入してから、5分か10分位の間隔だろうか、X線撮影が行われる。この間に、造影剤は腎臓で血液から濾過され、尿管を経て、膀胱に流れるらしく、その様子が写されているわけだ。

 西洋医学というのは、発症以後、発症箇所をミクロ的に観察、分析し、原因を探り、対処処方を考える、という緻密な合理的なプロセスを通るのだな、これを営業活動でのクレーム発生以降の処理プロセスと比較するとどうなるか、身体を観察する設備・機械はどんなに立派でも対処の為の薬剤と結びつけるのは結局やはり人間(医者)の判断だな、この設備は島津製作所製だな、等とどうでもよいような事を思いながら台座に寝そべっていた。

 さて、症状は明確だが、原因は依然不詳。定期的に観察される事になった。やはり写真は撮れても、見えるものもあれば見えないものもある、まあ当たり前と言えば当たり前だが。

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2007/01/01

あけましておめでとうございます

2007_0101_115211aa  午前0時、2007年の年明け、遠く向こうの夜空にディズニーランドの新年を祝う華やかな花火を見た。いよいよ、2007年が始まった。

 初詣は、浅草寺へ。雷門から仲見世、浅草寺へと続く人波にもまれながら境内へ。いつものように、安寧・平和・健康を祈る。

 東京タワーに上るために、神谷町まで移動。東京タワーも今日は行列。エレベータより階段で上る方が早いというので、並ぶのを止めて挑戦。約600段、思っていたより楽に登れた新年最初の運動だった。今年は自信が持てそうだ。。!?

 メイルを見ると、小学や高校時代の同窓からメイル。近くに越してきたり、アメリカやインドネシアで働いていたり。メイルのやりとりの気持ちは当時の頃だが、お互いもう40代半ば。時が経つのは早いものである。

今年もよろしく。

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2006/12/29

Tさんと 拓郎, Led Zeppelin。。

Led Zeppelin, Stairway to heaven

 Tさんと一杯。Tさんは今年50歳(見た目そうは見えない)。団塊の世代の半回りから一回り下。毎年年末、学生時代の音楽仲間とミナミのクラブを借り切ってワーッと騒ぐそうだ。そうした会を始めて20年弱、最初は十数人だったが、だんだん仲間も増えて、今では5,60人も集まるそうだ。50歳近いおじさんおばさんがバンドを囲んでワーッとやる姿はなかなか壮観だそうだ。

 Tさんは吉田拓郎のファン。先日のつま恋はちょっと時間的に行けないねー、中島みゆきは拓郎のおっかけだった。。中島みゆきが拓郎に提供した「永遠の嘘をついてくれ」がいい。。。中島みゆきの本性はオールナイトニッポン(79年4月-87年3月)での姿か歌っている姿か。。。山崎ハコよりは明るいゾ。。。60年代Beatles、70年代Led Zeppelinだ、Eaglesの"Hotel california"などと。。

 先日、山下達郎のFMを聞いていたら、彼や多くの九州出身のミュージシャンを発掘し、世に送り出した九州朝日放送でディレクターをされていた岸川さんの話をしていた(先の11月亡くなられた)。岸川さんが定年を迎える際には、達郎以外にも南こうせつや海援隊、イルカ、さだまさし、甲斐バンド、伊勢正三などそうそうたるメンバーが集まってお祝いの伝説のコンサートをした、と。会社員という立場から、若い人を発掘・育て、そして世の中を変えるという凄い仕事をした人と感動した。。そんな仕事をしてみたい。。。。

 よもやま延々談論しながら、年の瀬の夜も更けていった(そういう僕は、拓郎はちょっと上、中島みゆきの世代、高校時代-あのちょっと暗いが、何かを求めてもがくような詩と曲が妙に気に入っていた)。

吉田拓郎と中島みゆき
http://www.begets.co.jp/doda/archive/064.html

発見したページ:フォークの旗手と「照和物語」。。岸川さん
http://www.ncbank.co.jp/chiiki_shakaikoken/furusato_rekishi/hakata/062/01.html

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2006/12/09

パーシモンからチタンへ

 先日、埼玉県東武線沿線のとあるゴルフ場で1年ぶりにクラブを握った。散々な結果だったが、使っているがウッドが数十年前のSpaldingのパーシモン。年代物は良いのだが、腕がへたくそだから駄目。一緒に回った人から、チタンだよ、と囁かれ、ついに卸で買ってしまった。初心者は、10度より11度が良いと言われてもよくわからないが、何やらヘッドスピードを測定、しかもパソコンのモニタを覗くと、サイドスピンやらバックスピンの数字、それに飛んだコースやフェアウェイに載ったか(載るわけがないが)どうかなどが打った瞬間の測定でわかるらしい。凄い機械があるものと驚いた。

 とにかく新しいクラブを手にしたからには少し真剣にやろうかと今日考え始めた。

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2006/11/25

Autumn Leaves

Autumn_leaves  ニューヨークで買ったポスターの額縁を探しに街を歩いていた。ふと立ち寄った店。ムーミンと仲間たちがすっかり紅葉した林の中で落ち葉を撒いて遊んでいる絵に惹かれた。丁度今の季節に合うような。思わず購入してしまい、今家の中に飾っている。Peter EllenshaのAutumn Leaves。

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2006/08/20

延長15回引分け再試合

 第88回夏の高校野球決勝戦、駒大苫小牧対早稲田実業の試合にずっとくぎづけでした。延長15回、引分け再試合、両校とも全力で集中力をまったく切らさず戦い抜いた試合に、野球の底知れぬ素晴らしさを感じる事ができました。両校の選手に感謝します。

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2006/08/19

猪名川花火大会

Inagawahanabi  夏の終わりを感じ始める頃に開かれる猪名川花火大会。今年は、開催時刻の約2時間前に猛烈な雨が降り、一時はどうなるかと思ったが、すぐに雨は上がり、予定通り開催された。

 花火を見ながら、すいか花火、リボン花火、ハート花火など勝手に名前をつけながら楽しむ。花火も終わり、連休も残すところあと1日となった。

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天神崎の堤防で釣り

Tenjinsaki2   和歌山県紀伊田辺に2泊3日で行ってきました。宿泊したところのすぐ近くに、ナショナルトラスト運動で有名な天神崎があります。

 天神崎の堤防で夕、朝、昼と3回気軽な釣りを子供たちと楽しんだ。初日の夕方、近くの扇ケ浜ビーチで泳いだ後、堤防に出てさびき。糸をたらすと、小魚がさっと集まってきて、岩礁に棲むミナミハタンボ(アタンボ)やネンブツタイ(アカジャコ)、キューセン、ウマヅラハギの幼魚が釣れた。3日目の朝は、台風10号の影響で海には白波が立っていた。波が堤防を打つ音に耳を傾けながら仕掛けを準備し糸をたらす。小ぶりのメジナ(グレ)が次々と掛かる。いったん宿に戻り、朝食をとった後、台風の残り雲だろう激しい雨が降る。そして再びかんかん照りに。昼前、また子供たちと堤防に向かう。依然、波が大きかったので内向きに糸をたらすと、今度はイシモチや放流したタイの稚魚が釣れた。存分に遊んだ後、のんびりと国道42号線を走って家に向かった。

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2006/07/30

夕釣り コノシロ他

 今日は日が傾きかけた夕方(午後6時)から釣り始めた。もう真昼の暑さはゆるいでいた。西の神戸港から東の大阪南港にかけ、数え切れない程の船が停泊している。南港の向うには積乱雲が見えた。夏が始まった事を感じた。
 今日はサビキで、サヨリを釣ろうと思っていたら、30cm程の大き目のコノシロを3尾、サヨリ1尾、サッパ1尾が釣果だった。竿がクイクイと引く。頭の中では、およそ3ヒロ下の見えない暗い海面下でコノシロの小さな集団の一匹が針にかかった様子が走る。この時、魚と運命だったかのようにつながりあう感触、リールを引きにかかる。海面に姿を見せたコノシロを見て、出会えたと思う。全てリリースしたが、まあ楽しめた。
 夕暮れも深まり、武庫川沿いの工場の灯りが輝き出す頃、竿をしまう。西の空に高くに三日月が輝く。東は湾岸線の港大橋だろう明るい光のラインが見える。武庫川上流から吹いてくる少し暖かい風にさらされながら桟橋を渡って帰る。子供も満足そうだった。

http://maps.google.co.jp/maps?f=q&hl=ja&q=%E5%B0%BC%E5%B4%8E%E5%B8%82&ie=UTF8&ll=34.690251,135.394306&spn=0.056741,0.171661&t=k&om=1

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2006/07/23

サヨリを釣る

Sayori  曇りがち、雨が今にも降り出しそうな朝、久しぶりに子供と尼崎魚釣り公園に行く。夏休み初めての日曜日のせいか、子供連れの釣り人も多い。私の方はまったくだったが、子供は初めてサヨリを釣った、七匹の釣果(サッパも釣ったがリリースした)。細長い下唇が特徴的。釣るたびに嬉しそうに僕に見せる。なぜか僕の釣竿には何もかからない。じっと海を眺めていると、数十メートル先では、朝食を追いかけているのか、ボラがあちこちで飛び跳ねている。

 サヨリは何にしても旨いと聞く。家に帰るとさっそく腸を除き、二枚に卸し、小麦粉で天ぷらにし、昼食にした。尼崎で釣った魚というのが少し気になるけど、あっさりとした味で悪くない。釣果はなかったが、食う事で満足した。

PS:夜はママカリ(=サッパ)の酢漬けを食べた。釣れなければ、せめて食べてやる。。

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2006/05/14

ひまわり観察(1週目)

0514himawari 芽が出た!

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2006/04/08

”家族と動物がいれば幸せ” タッシリ・ナジェール

 今日のNHK「探検ロマン 世界遺産」は、サハラ砂漠の中の岩の大地タッシリ・ナジェールの岩絵を追いかけたものだった。およそ5000年前、とても現在の様子からは想像できないが、今のサハラ砂漠は水の豊かな土地で、羊や牛の放牧が行われていた。船も使われていた。その生き生きとした様子が、岩に描いた絵として残っている。

 印象に残ったのはガイドが言った言葉。その昔、彼はタッシリ・ナジェールの台地、勿論水道も電気もない、に岩を背にしながら暮らしていたのだが、70年代の旱魃のせいで、今は町に移り住んでいる。彼が言う「家族と動物、バターとミルクがあれば十分に幸せだった」。「サハラには不足もなければ、余剰もない」。。。。本当の幸せは、そんなところにあるような気が僕もした。

 物が溢れる豊かな日本で、子供をマンションの高層階から投げ落としたり、粉飾をしてまで株価や利益をあげようとしたり、何かが崩れかけている、溶けていっている。欲望が制御できなくなってきた社会。社会の発展の原動力として「欲望」は否定しないが、それが制御できない社会は醜い社会。そんな時に、素な、上の言葉は身に沁みる。

(参考)
*NHK世界遺産の旅「タッシリ・ナジェール」 
   http://www.nhk.or.jp/sekaiisan/card/cardr041.html
*タッシリ・ナジェール先史壁画 
   http://maca.oht.co.jp/oh/nomachiphoto/calbum_title.cfm?OrderID=45

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2006/03/21

王ジャパン優勝おめでとう

 王ジャパンが、WBCでキューバを10対6で降して世界一になった。仕事で試合を見る事ができず残念だったが、私達を元気づけてくれた。ありがとう。

 王監督が、「イチローが卓越した選手でいられるのは、技術が優れているだけでなく、練習に対する取組み、執念、野球に対する姿勢、が人一倍真剣である為である事に皆が気づいたと思う」とコメントしていたが、まさにそんな姿をイチローは今回見せてくれた。

 日本人らしい真面目さ、真剣さの”強さ、偉大さ”に改めて気づき、元気づけられた。

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2006/02/04

風狂英語(クレイジーイングリッシュ)

 現在、中国で人気の英語教師”李陽老師”の英語教育法の様子-中国各地での講演とインタビュー-を撮ったドキュメンタリー、TSUTAYAで借りて観た。どこの国でも外国語学習というのはなかなか難しく成果が上がらないが、中国でも悩みはどうも同じ。英語教育法という観点から見れば、彼の教育法が若い中国人に人気があるのも分る。彼の方法には、英語を学ぶ、喋れる、読める、知識を吸収する、試験で良い点を取るなど「技術的な目的」ではなく、恥ずかしがらず大きな声を出して元気になる、積極的な性格になる、米国・欧州・日本の3大市場を征服する、中国人の国威を発揚しよう、金持ちになって親孝行する等、英語学習を「通じて」自分の悩み・弱さを克服し、自己変革していこう的なトーンになっている。自分を変革していきたい、強く生きたいという願望に、上手く英語学習「法」を乗せた感じだ。

 日本では、外国人とテーブルを囲みながら日常会話を通じて、「楽しく」英語学習するというのが流行っているが、「心が強くなる為に」学習するというのが、彼の風狂英語学習法であり、厳しい競争の中、国が成長し、世界へ進出していこうという今の中国、及び若い中国人の気持ちに上手く合っているのだろう。

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チョコレートと鯖と穴子鮨、鶏肝

 夕方ぶらぶらと買い物に出かけた。百貨店ではバレンタインデーが近いのでいろんなショップのチョコレートを売っている。なんと、多くの店で味見ができる! 次々と味見してしまい、結構、チョコレート満腹?になった。一番気に入ったのは、柔らかい餅の中にチョコレートが入っていたタイプ。甘いチョコレートが口の中で広がる。餅のあっさり感と絶妙の組み合わせ。和と洋が口の中で幸せを奏でる。店の名前は残念ながら忘れた。和菓子の店だった。そういえば、最近食べたチョコレートで格別と思ったのが、Kyoto Kitayama MALEBRANCHE(マールブランシュ)の DUO QUALITE「ビター&ミルク」。同僚がおみやげに買ってきたそのチョコレートを食べた時、あまりに旨く、思わず店の名前を確認してメモした。

 少し甘腹になった後、百貨店地下1階の食料品街へ。夕食の準備時、混み合いはじめていた。またぶらぶらと歩き廻りながら、てらてらと光る穴子鮨と鯖鮨、「旨いヨ、自信あるよ」とおばちゃんが言うので思わず買う。対馬で採れた鯖と穴子。黒光りする鶏肝もあった。また味見する。たれが旨い。しょうゆとみりんとにんにくと砂糖で作るんだと熊本から来たという店のおねえさんが言う。この味は家で食べたことがないなあとつぶやいたら、家内が買え、と言う。そのあと、勘ぱちのガラを汁のダシ用に買う。大体、今日の夕食の様子が決まった。

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2006/01/17

大震災から11年 絆と励まし

 今日、あの日から11年経った。尼崎市武庫川沿いに住んでいた私と妻は幸い怪我もなかったが、すぐ近くの神戸を中心に5000人以上の人があの地震で命を落とした。黙祷。

 あの朝、午前五時四十六分、地震で目覚めたのか、妻に揺すられて目覚めたのか今でもよくわからない。天井の灯りがぐるぐると大きく揺れていた。前の晩、飲みすぎたかとふと思ったが、続く揺れの中で地震と分った。ダイニングにつながる襖をそっと開ける。色々なものがころがっている感じだったが、真っ暗でよくわからない。慎重に履いたスリッパにガラスの破片などが触れるのが分る。懐中電灯を探したが、場所がわからなかった。隣の部屋に手探りで移動する。本棚が部屋を横断するように倒れているようだった。
 何分経ったかよくわからないが、そのうち、窓の外が白み始め、部屋の様子もわかり始める。部屋の中で倒れるようなものは、全てころがり割れていた。寝室には殆ど物がなかったので、寝ている処へ落ちてきたり倒れてきたりする事は幸い無かった。ベランダ(4階)の窓から東の方(神戸方面)を眺めると、黒い煙が上がっていた。この時、これはただ事ではないと思った(ただ後に知った状況は、さらに想像を超えるものだった)。

 ガス洩れ等も心配の為、外に出ることにした。パジャマに上を羽織って出た。日頃顔も知らないご近所だったが、この時はドアをたたいて安否を確認しながら階段を降りていった。同じマンションに住む人たちも降りてきていた。しかし、門が開かない事に皆気づいた。電気式オートロックの為、停電で開かず、外に出られない。どこかの奥さんが興奮していた。私達は、間30センチ程度の隙間があったので、そこから外に出る事ができた。近所の人達も、皆外に出て玄関や門で座り込んだり、うろうろしていた。ちゃんちゃんこを着ながら焚き火で暖をとっている人がいた。それを見て初めて寒さを思い出した。至る処で屋根瓦が落ちたり、道が大きくうねっていた。ラジオを聴いている人がいた。話を聞くと、関西方面で大きな地震があったと伝えていた。外でぶらぶらしていてもしょうがないし、火災も発生していなかったので家に戻る事にした。

 午前7時頃だろうか、実家(東京)に電話した。その時はまだ繋がっていた。大きな地震があった事、火事だろうか遠くで煙が上っている事を伝えた。ピンと来ていない様だった。関西でずっと暮らしていた家内は地震に慣れないせいかじっとし震えていた。私は、部屋の片づけを始めていた。しかし、その頃、そこから5-10kmも離れていない処はもっとひどい状態だった(後からも驚いたのだが、ほんの2,30キロしか離れていない大阪と神戸の間は別世界だった。大阪梅田は殆ど被害がなかった。浅い直下型地震は、ごく狭い範囲と活断層に沿った処に激烈な被害を及ぼしていた)。

 こうしてその日が始まった。近所でも、あちこちで家が部分や全壊したり、500メートルと離れていないマンションでは、1階の駐車場が崩れペシャンコとなり、自動車が顔を除かせていた。またあるマンションは、途中で階がずれ落ち、異なった階がつながっていた。コンビニに行けば、既にもう空っぽだった。ガス、電気、水道、電話はつながらない。ただ、火災は発生していなかった。

 次第に明らかになる酷い様子。ただ、人々はパニックを起こさず、冷静に助け合っていた。「絆と励まし」が人をどれほど強くし、困難に立ち向かわせる事が出来るかを感じた。

 今日も追悼行事があちこちで行われた。一方、ライブドアが証券取引法違反容疑で家宅捜査が入ったというニュースが大大的に報道されていた。私は、その何ともいえないアンバランスに軽い目眩を覚えた。

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2005/12/22

サンタの季節

 サンタクロースの季節になった。それとなく何が欲しいのか探る。「サンタさんに何を頼むのかなー」「アルプスのハイジのパネル?」「ガンダムのプラモ?」。。。-> 「ハートフルコミューン!」「オリジンオブパーフェクトギア!」。。。。。なんだこれ!?

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2005/10/22

ミニクルージング,新西宮ヨットハーバー

2005_1023_140813AA  西宮に繋留している知合いのYさんのクルーザーに招待してもらった。3人で共同所有しているとの事。全長30ft、中古市場で手に入れたと。週末瀬戸内海を走れるのは魅力的。今日は生憎風が強く、湾岸線の橋を越え2005_1023_160235AAる程度の少し走っただけだったが、六甲の山を船から眺めるのは気 持ちの良いものだった。
 その後、新西宮ヨットーハーバーに寄った。たまたまフローティングヨットショーが開かれており、各社自慢のヨットの中を見て歩く事ができた。007の映画で見るようなクルーザーはなかったが、それでもベッドやシャワー室、団欒室など、これで海を走ったら豪華な気分を感じるだろう。

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2005/10/20

秋深まる

 会社に出かける前の忙しい朝食、何気なく食べた柿の甘さにふと気づいた。柿か。舌の上から甘い味が口の中をしだいに満たす。眺めた皿の上に濃い橙色の熟した柿があった。秋が深まっていることを今更ながら感じた。秋はあるだろうかと思い、窓の外を見遣った。ちぎれ雲が高い青空の中に並んでいた。秋だと思った。窓に近寄った。膚寒いくらいの少しヒヤッとした空気が窓から入りこんできていた。

 仕事を終え職場を出たら、ちょうどまん前の空に、少し欠けているけど大きな丸い月が登っていた。明るく白く輝いていた。輪郭もはっきりしていた。また、秋だなと思った。

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2005/10/16

掛け軸と裏千家と横浜と上海

kakejiku0510   Mのお茶の先生が気に入った中国の水墨画の掛け軸を所蔵していた。しかし、その掛け軸に書かれている文章がどうしても分からない。その為、お茶会で使えない。何とかその言葉の内容を知って、お茶会で使ってみたい、先生はそう思っていた。
   その掛け軸は、お茶の先生が10数年前、当時の中国の若手の画家から貰ったものだった。茨の枝から山鼠が霞んで降りてくる様子が描かれていた。字がかなり達筆なのだろうが読めない。いくつかの文字が分かったが、全文の意味がとれない。Mは知り合いの書道の先生に尋ねてみたが、すぐにはわからず調べてみると。Mは、横浜に住む知り合いのWさんに電子メイルで掛け軸の写真を送って尋ねてみた。Wさんは、北京出身で日本人と結婚している。若いけれどもいろいろな事を良く知っている。お茶にも興味があった。彼女は少し解読したが、さらに中国に住む友達に尋ねてみると言った。
  その掛け軸の画家は、詹仁左と言った。インターネットで調べてみると、1954年生まれ、上海交通大学芸術系副主任で、クリントン大統領が訪中した折、本人の前で「春到人間萬物鮮」という絵を描き贈った事で有名だった。先日も台湾の親民党主席宋楚瑜が訪中した際、汪道涵が彼の「水墨玉蘭」を贈ったという記事が出ている。そんな有名な人の絵だとはとうてい知らなかった訳だが、ただ、その作品が気に入って、お茶会で使いたいと思われている訳である。そんな時、Wさんの友人から情報が入ってきた。解読できたという。内容は、以下の通りだった。

 荊棘藤蔓行路難 一煙山鼠霄云来  海上詹仁左写
(茨の枝と藤が絡み合う難道で、煙の如く雲より舞い降りた山鼠)

 これで、この掛け軸がお茶会に使える日もすぐだろう。

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2005/09/29

9月29日 阪神祝優勝!

 午後8時49分@甲子園、巨人最後の打者阿部を左飛に討ち取り、阪神5度目の優勝!下柳、藤川、ウィリアムス、久保田の完璧継投。藤川プロ新記録79試合登板。下柳ハーラートップの14勝。決して派手さはないがコツコツと安打を積み重ね5点を獲った。9回ツーアウトで、ぎりぎりTVに間に合う。次は10月22日に開幕する日本シリーズ。今度こそ日本一!

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2005/09/11

鯖を釣る

050911_saba  昼過ぎ選挙に行った後、尼崎市魚釣り公園に久しぶりに出かけた。今日は何が釣れているのと聞くと、鯖がよう釣れている、と。鯖はまだ釣った事がない。がぜん気合が入った。息子とサビキで糸をたらすと、さっそく掛かってきた。サッパや小あじとはやはり引きが違う。竿がしなる。海面に魚の影が見えてきて、一気に釣り上げる。30cm程度の鯖が掛かった。イシダイなど大物とは違うが、やはりある程度手応えがある方が面白いものだ。それから2人で約1時間12匹ほど釣った。今日は満足。

 家に持ち帰り、台所で一気に10匹ほど捌く。釣りを始めていなかったらこんなことも無かったねと話ながら。夕食は鯖の塩焼きだった。

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2005/08/21

カブトムシとクワガタ

050818_kabutomushi  子供の友達が、夏休み鹿児島の実家に帰ったおみやげにカブトムシ6匹とクワガタ3匹をくれた。家の周りにたくさんいるとの事。こんなに多くの自然のカブトムシとクワガタを見るのは初めてだ。30年以上前、奈良に住んでいた時、前夜に近所の公園のクヌギの木に蜜をつけ、翌早朝にカブトムシを採りに行ったことがあったがそれでもなかなか採れなかった事を思いだす。最近は、自然の中ではなく、デパート等の売り場で販売しているカブトやクワガタしか見ることがなかった。

 余りに一籠に入れるには多いので、友達に分け、さらに虫かごもう一つ、クヌギマット、止まり木、昆虫ゼリーなどを近くのホームセンターで急いで買ってくる。インターネットで飼い方を調べるとオス1匹にメス1-2匹が良いらしい。依然狭い家だ。また買いにいかなくては。

夜はほんとに騒がしい、ごそごそと動き回っている。

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南芦屋浜でサンバソウ

050815_sanbasou  尼崎武庫川から神戸にかけて鳴尾浜、甲子園浜、西宮浜、南芦屋浜、深江浜、魚崎浜、六甲アイランド、住吉浜、摩耶埠頭、ポートアイランドと続く。

 夕暮れ、初めて行った南芦屋浜の南岸でサンバソウ(イシダイの稚魚)をズボ釣りで釣った。子供に竿を渡して見といてくれと言ったすぐだった。体長約13cm、黄白に黒の縞模様が7本。別名シマダイ。家に持ち帰って皆に見せたいというので、発泡スチロールのクーラボックスに海水を入れ持ち帰る。今日も元気に水槽で泳いでいる。

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2005/08/11

土佐湾で投げ釣り

050811_tosawan  浜のすぐ前にある民宿に泊まった。午前6時、浜に出た。漁船2隻がまき網をしながら走っていた。漁船の音が海に響く。波の音に耳を傾ける。空は青く、今日も好天に恵まれそうだ。子供が、タックルボックスを開け、仕掛けを作り、土佐湾に向かって竿を振る。

050810_bera  昨夕は西に走り、浦ノ内湾(横浪三里)に架かる宇佐大橋を渡ったところの浜で車を停めた。夫婦らしい釣り人一組と地元の家族連れか一家族だけが水遊びをしている静かな浜だった。堤防に出て、キスを狙った。残念ながら掛かったのはキューセン(ベラ)だけだった。赤ベラ(メス)と青ベラ(オス)が釣れた。海の音を聞きながら民宿に戻った。 (高知その3)

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2005/08/06

尼崎 せいごを釣る

050806_seigo  6時過ぎに武庫川河口の魚釣り公園に到着。今日は、さびきは無し、ずぼ釣り一筋と決めて取り掛かる。チヌが釣りたかった。凪のように穏やかな海。雲が薄くかかっていたので日差しはゆるかった。途中のフィッシングマックスで買ったクッションおもりを道糸に結ぶ。ハリスは1.5号。シラサエビをつけて海に落とす。4-5ヒロ位を狙い、魚信を待つ。

 今日は人は少なかったが、夏休みのせいか子供連れの家族が多かった。周りは皆、さびきでコノシロや小サバ、小アジを次々釣っていた。ただじっと待つ。時折、目の前の海面で魚が跳ねる。ぼら子の群れが海面を遊泳する。どれほど待っただろうか、竿がほんの少し反応した。来たかな?ちょっと待つ。また動いた。リールを巻く。余りに弱すぎるのでチヌではない事はわかったが、何が掛かったのか?魚が上がって来るのを待つ。釣り上げた魚は、16,7cm程度のせいご(スズキ)だった。待ちすぎたせいだろう、ハリが喉の奥まで入り、外すのにちょっと苦労した。

 今日は2人でせいご2尾だけだったが、初めて釣った魚種にそれなりに満足した。帰宅してバター焼きにして食べた。

8/6、06:40-10:15、気温、大潮、満潮06:32、干潮0:49、#9

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2005/08/04

二十四の瞳

 子供達に見せようと一緒にTVの「二十四の瞳」を見た。ほんの60年前に、生きたくても生きれない、食べたくても食べれない、学校に行きたくても行けない、言いたくても言えない、帰りたくても帰れない時代があった。子供達は何を感じただろうか。自分の人生を自分で選ぼうと思えば選べる時代に生きる事に感謝しながら、現代でも、世界中が同じわけではない事も知る。 

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2005/07/31

軽いドライブ

05-07-31_17-56    昼頃、前線が通過しかなりの雨が降った。夕方、市民プールに子供を連れて行く。流石に今は夏休み、友達同士や親と来た小学生が多く、混んでいた。1時間ほど泳いで、外に出ると、雨はすっかり上がり、傾きかけた陽は今まで輝けなかった分を取り返すかのようにきらきらとしていた。急に軽いドライブがしたくなる。ちょっと大阪まで走ろうと子供達を誘う。夏の休日の夕方の空に飛立つ飛行機、大阪の高層ビル、向うに見ながら高速を走る。ラジオからは、松任谷由美のDJ、そしてABBAの"DancingQueen"が流れ、その頃を思い出す。

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2005/07/30

須磨で小タイ、ベラ、オコゼ

050730taibera  朝方が曇りがちだった須磨の海も、昼にはカンカン照りに。また焼けた。腕時計の後がくっきりと残っている。さて、今日こそ鯖を釣るぞとがんばったが、採れたのは小アジが殆ど。左のおじさん2人、右の中学生達、どちらも釣れているのに、なぜか真ん中の私と息子はだめ。そうはいうものの、今日も新しい種類を釣った。小タイ、ベラ(キュウセン)、オコゼ、毒持ちのカサゴでした。尤も小タイは、息子のサビキの網かごに顔をつっこんでいたらしい。

*7月30日(土)08:00-14:00、気温27度、水温:23.5度、長潮、干潮09:37、#8

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2005/07/24

サヨリが飛んだ ボラの子供

 今日も朝から尼崎魚釣り公園へ行ってきた。結果からすると釣果はなかったが、青い空の下、東は大阪港、西は六甲アイランド、神戸港、六甲山とよく見えた気持ちの良い天気だった。沖合いには数え切れない程の貨物船が停泊している。フェリーが朝日に照らされながら大阪港に向かっている。

 今日は始めからスズキ、チヌ狙いだが殆ど動かず。周りでもたまにサッパ(ママカリ)が釣れている程度だった。海を眺めていると、カニが泳いでいた。誰かが餌にしようとしたカニが逃げたのか。両手のハサミと足を揺らしながら海面に漂っていた。なんとなくユーモラスな姿と思いながら眺めていた。時々集団で姿を見せていたのがボラの子供達。めだかの学校ではないが、目覚めて心地よくなって、皆で泳いでいるのか。20m位先だろうか、細長い魚が一瞬跳ねた。海から30cmくらい飛んだだろうか、きれいだと思った。おそらくサヨリだろう。

 岸のグラウンドから日曜日の朝の草野球の球音が聞こえてくる。午前9時、海を後にした。

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2005/07/17

小あじを開き、さばを捌いて

050719_saba_to_koaji  釣った小あじは揚げるか焼いて三杯酢で、貰った2匹の鯖(体長37cm)は塩焼きにしようと。

 慣れない包丁さばきで小あじを開くのに難儀した。だんだん適当にはなってくるが、なんとか30数匹、はらわたを除き、開いた。次に鯖をさばく。魚を捌く為の包丁でないが、2匹とにかく2枚おろしにした。オーブンで塩焼きしたが、思っていたより肉は堅かった。でも皆、旨い旨いと言って食べてくれた。ちょっと焼き方がまずかったのか?そして、台所は魚の匂いで充満し続けている。

参考) さばのさばき方 http://www1.ocn.ne.jp/~oyamatu/sabaki/saba/saba.htm

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須磨の海で小アジら56尾

 43号線、西宮、阪神高速の三宮、一之谷を走り抜けて一路須磨の海へ。街はまだ眠りから覚めていない。5月末から釣りにハマって、6回目の海釣り。今日は家族全員で行く。

 最初のさびきでの一投、いきなり全ての針に5匹の小あじが掛かる。さびきが海の中へ入ったとたん、魚の背中だろう海面がきらきらと輝き、そして軽い引き、2匹、3匹と掛かってくる。家内は「きゃーきゃー」、竿を貸して股に挟んでいた娘は魚信で「お股がぷるんぷるん」、私は指に針を刺し「うひゃー」、殆ど「クレヨンしんちゃん家族状態」?。そうはいうものの、あっというまにバケツの中は12,3cmの小あじで一杯になった。

 こうなると、もっと大きいのが釣りたい、釣れるはずと思い出す。周りで鯖が釣れている場所に移ってみた。今度は、小鯖とイワシが掛かる。でも、大きいのはかかって来ない。その頃には日も真上に上がってきていた。今日は、午前10時が干潮、潮が止まるのは12時頃、そうなると回遊してくる魚は釣れにくくなるとか。軽くカレーを食べてから、ついに意を決してブクブクを買い、シラサエピで初めて挑戦してみる。近所の釣り人と話をしながら、仕掛け方・コツ、調理の仕方など教えてもらう。流石に、日は暑く疲れもたまり、しかも糸からの反応がまるでなくなり、それ以上は、今日はあきらめることにした。それでも小物ばかりだが、56尾釣っていた。

 帰り道、次々と鯖が掛かっている場所があった。魚が跳ねて、竿がしなる。家族で凄いなと覗き込んでいると、子供と来ていた父親の釣り人が、あげるよと言って2匹くれた。ありがたく貰って帰る。(#6)・・・・この後、家でこれらの魚をさばいていく事になる。

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2005/07/14

香菜らしくなり、いちごのランナーの植付け、蝉が鳴いた

0507  最初の双葉は丸くそれらしくなかったが、その次の葉からあの香菜らしくなった。よく見ると、掌のような葉が2枚開いて次に3枚開く。植え方の密集度がなかったせいか、少し勢いのない様子。隣の鉢でも育っているので、植え替え、競争させてみよう。

050710_itigo いちごもランナ-(つる)が伸び、隣の鉢に植付け根が張ったようなので切り離した。

 7月14日朝、今年初めて蝉の声を聞いた。夏がすぐそこに来た。

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2005/07/10

ぼらを釣って魚拓作り

bora050713  午前9時には家に戻らなければならなかったが、釣りをしようという息子と気持ちが揃い、早起きして尼崎に海釣りに出かけた。生憎、着いた頃に雨が強く降り出す。でも潮の匂いに誘われる。けぶる海を前にして、かっぱを着て、海に向かう。あたりは今一つだがそれでも良い。”このしろ”と”小さば”が何匹か掛かる。遠くでちぬを釣り上げていた。あんなのを釣りたいなあと想いながら、竿を振る。そろそろ帰る時間かと思った頃、子供がでかいぞと騒ぎ始めた。海面を覗くと”ぼら”が体を震わせながら掛かっていた。網ですくって引き揚げる。外道扱いされる事もあるが、それでも、初めて釣った大物(37cm)に子供は興奮大満足状態。顔から笑みがこぼれまくっている。

 家に帰り、本を見ながら、子供の友達も一緒に魚拓作り。魚の体を拭いて、墨を塗り、半紙で押さえる。出来映えは別にしても、とにかく釣った魚の初めての魚拓、魚の名前をうれしそうに書き込んでいた。(#5)

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2005/07/02

スズメダイ、小アジ、ボラの稚魚と人工海水

0507suzumedai  どうしても釣りたいという想いが子供と一致し、雨にも負けず、車で一路、須磨海釣り公園へ。始め、雷で竿からビビッと来るよなどと言われたが、幸いそうした事はなかった。しかし、ずっとけぶる雨の中での釣りだった。小あじが出ていると聞いていたが、第一釣り台の手前の方では父子で百五十匹釣っていた。尤も、釣れるタイミングがあり、午後になるとさっぱりと。小アジの南蛮漬けが目の前にちらつく!

 こちらの釣果は余りなかったが、初めての魚に出会う事ができた。スズメダイ(13cm)、小アジ(11cm)、ボラの稚魚(4cm)。

 スズメダイと小アジ1匹づつ、連れ帰り水槽の中へ。海水の素もなく、本では駄目というものの、他に選択肢もなく食塩で人工海水作り。偶々あったのが瀬戸内地方の海水のみを使用して作ったという「瀬戸のほんじお」(味の素)。成分表を見ると、100g中ナトリウム33.4g、カリウム3.34g、マグネシウム0.37g、カルシウム0.21g。どうなるか分からないが、海水の塩分濃度3.2-3.5%比50%程度、水+海水に食塩を注いだ。子供と育ててみるが、今のところ、元気。(#4)

(天気:雨、気温:23.5度、水温:24度、若潮、干潮10:47-満潮19:05、西流れ)

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2005/06/18

コノシロ、ママカリ、イワシ釣った

050618_21  ついに釣った。尼崎魚つり公園に子供と昼過ぎから出かけ、さびきで約2時間、コノシロ1尾、ママカリ(サッパ)3尾、イワシ17尾、計21尾の釣果だった。今日は、投げ込むとすぐ次々にイワシは掛かった。公園の人曰く、イワシが釣れ始めたのはつい最近との事。もうすぐアジが来ると。

 釣った魚を、家で子供自身にさばかせて、塩焼きにした。慣れない包丁さばきで鱗を落とし、腹を切り、内蔵を出し、流水で腹の中を洗う。塩を振り掛けオーブンで焼く(イワシはまだ上手に手で開けない)。いつもと違い、釣った魚は旨い旨いと言ってあっという間に平らげた。   (釣り#3)

*6/18(1415-1600)、快晴、中潮(干1041-満1719)*コノシロ20cm、ママカリ15cm*道3号-ハ0.8号-幹1.5号-鈎5号(サ)、道4号-ハ0.8号-幹1.5号-鈎6号(サ)

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香菜(シャンツァイ)の芽が出た

050618_xiangcai1  2年前に貰った香菜の種を子供が鉢に植えたら芽が出た。2枚の葉が開かれている。

 初めて香菜に出会ったのは、もう20年以上前だろうか。今でも忘れない。白身の川魚に香菜がそのまま添えてあったシンプルな料理。香りは強く感じたが、別に嫌いではなく、その独特な匂いに惹かれた。あっさりした魚の味と対照的で料理をひき立てていた。prego_1さんのページで初めてその白い花を見たが、そこまで育つか。楽しみにしたい。

参考:農産物百科 香菜 http://www.ja-shizuoka.or.jp/enchu/hyakka/h021201-1.html

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2005/06/11

6月11日の詩

新品の ピンクの長靴 うれしくて 水溜りさがして バシャン!と跳び込む

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2005/06/04

尼崎魚釣り公園

 少し遅かったので、行こうかどうか迷ったが、やはり今日こそはと思い立ち、昼前、尼崎市立海つり公園(初)に出かけた。昨日の天気予報は曇り後雨だったが、暑さは余り感じなかった。午前は晴れ。さびきと投げ釣りで。。。。しかし、釣果ゼロ。まだ水温が低いのなどなどと心の中で言い訳しながらだが、釣れなくても広々とした海へ向かってサオを振る気持ち良さは言いようがない。まあそのうち釣れるさ。

 近くでは、体調約60cmの銀白色のボラが釣れていた。さびきですぐに引っかかるよと言っていたが。「日本各地、雑食、卵巣からカラスミが作られる、出世魚で、ハク、オボコ、イナ、ボラ、トドと呼び名が変わっていく」、魚の生態も一つ一つ覚えながら。(#2)

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2005/05/29

須磨海釣り公園

 いつもはのんびりと起きるのに、釣りと思うと早起き、初めて須磨海釣り公園へ。午前8:30に到着。海の広さと潮の匂いはやはり良い。ダイバーも居た。快晴。水温18.2度。小潮、東から西へ。投げ釣り、餌はゴカイ。大きいのを釣ってやるぞとイメージ先行。でもなかなか掛からない。第一、三、二と釣り台変えたが同じ。残念、釣果なし。帰って、今日の”須磨海釣り公園釣果情報”を見ると63cmのマダイやベラ、キスも釣れていたようで。。まだまだ初心者、修行せねば。でも、6時間いたがあっという間だった。次回、絶対に坊主にだけはならんぞ。

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2005/05/22

猪名川ドラゴン公園 ルピナスその後

050522_lupinus  5月前半、華やかに色とりどりの花を咲かせていたラッセルルピナスは、その後。。。。。マメ科ということがよくわかりました。花は「枝豆(?)」に変わりました。白いうぶ毛に覆われています。

 さて、この後どうなっていくのか。

http://hirodon.cocolog-nifty.com/dekakeyou/2005/05/post_87dd.html

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雨宿りする鳩

050522_ 050522_2

今朝は小雨がち。高速道路の軒下で鳩達が集まって雨宿りしていた。何を話しているのか。

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2005/05/15

武庫川河口 キビレ、ハネ

050515_kibire 050515_hane

夕方、干潮時、武庫川河口で捕れたのは、体長約35cmのキビレとハネ。こんな大きな魚がここで捕れるとは知らなかった。 キビレは、チヌ(クロダイ)と似ているが、ヒレが黄色く、銀色している。ハネ、出世魚のスズキの2-3年魚をこう呼ぶ。ちなみに幼魚は「こっぱ」、一年魚は「せいご」と呼ぶ。尤も、獲ったのは隣の釣り人。エビのまき釣りでした。

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2005/05/14

マス釣り のどかやなー

050514_masutsuri2 ぶらっと午後からN・Y川のマス釣りへ。五月の涼しげな陽気、一面の緑が青い山々と繋がり、鶯の鳴声が響く。田んぼでは、小さな耕運機がゆっくりと緑のラインを引く。子供がぽつりと「のどかやなー」。木陰で弁当を食べ、釣り竿借りて。それから「はい五匹」などと言いながら、管理人のおじさんが、およそ10m四方の川に放流する。すぐに一匹釣ったが、もう獲れない。なんかマスに遊ばれているような。私は、陽気の下で半分うつらうつらしながら見る。そのうち、子供が水に入り、半分水遊びになる。隣の釣り人が、同情?したか、代わりに3匹釣って、くれた。

 夕食は、捕った(もらった?)マスのバター焼、ラタテュユ、発泡酒飲んで、CD聞く・・・

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2005/05/07

休題 ブログを書きながら 言葉に思う

 誰でも容易に、書いた文章や言葉を世間に出す事ができる時代になった。ブログを書く人も200万人を越えたそうである。言葉が次々と自分から離れて飛んでいく。

 自分の書いた言葉は、自分の子供のように大切にしたい、責任を持ちたいと思う。しかし、なかなか適切な、或いは的確な言葉が見つからない事が多い。日常生活の経験から、言葉は、自分にとっては思考と創造そのもの、他者に対してはコミュニケーションの手段と思っている。だから、正しい言葉を使わないと正しく考える事ができないし、他者に気持ちや考えを適切に理解、あるいは共感してもらう事ができない。

 今頃になって、もっと本を読んどくべきだった、言葉を知るべきだったと思いながら、時、既に遅いものの、その手の本を探し読んでいる。最近「理想の国語教科書」(斎藤孝)を読んでいるが、言葉がこんなに力強いもの、美しいもの、手強いもの、楽しいものと改めて気づかされた。

 思い起こせば、受験勉強の時に、亀井勝一郎、和辻哲郎、小林秀雄などの文章を随分読んだものだが、当時は感じが良いと思いながらも、それ以上深く読み続けることが無かった。しかし、正しく書くことは正しく感じる事と、今よくわかる。斎藤が書く「じっと見続け、しかも敏感に感じ続けることは、楽しいばかりではない。苦しさも伴う。そうした刀を鍛えるような時間を過ごす中で、切れ味の鋭い言葉が生まれてくる。そうした熟成した時間を経ないで言葉をもてあそぶ態度を、小林(秀雄)はもっとも嫌う」と。

 日本人として生まれたからには、少しでもより良い、せめて、正しい日本の言葉を使えるようになりたい。  (2稿)

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2005/05/01

猪名川 ドラゴン公園のルピナス

050501_lupinus  今日は少し曇り。ルピナスがたくさん咲いているよと妻から聞いて、散歩がてら猪名川河川敷を歩いた。赤や紫、ピンク、群青、様々な色とりどりのルピナスが、華やかに花を咲かせている。様々な色の組合せや様相、姿に自然の不思議なものを感じる。

 「球根を埋めました。春には花を咲かせますので、踏まないように足元に気をつけてください」と小さな立て札が立っていたのを思い出す。まだ、小さな一角だが、地元の人が大切に育てているのを感じる。 

050501_lupinus2 ルピナスは、秋に植え、冬を越して春に花を咲かすそう。”はなだより(WAKA)”さ んのページで、11月末に芽を出したかわいらしいルピナスの双葉の写真を観ましたが、これがこんな華やかな花になるのですね。

 "oldsam”さんのページで北海道富良野に広がるルピナス花畑の写真を見ましたが、この米国産の花は、雄大な北海道で咲き誇るのも似合いそう。 

 これからも、ゆっくりと花に気づく時間を持ちたいものです。ちなみに、ルピナスは、豆科、和名ノボリフジ、タチフジというそうです。

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2005/01/29

1月29日 心グはじめる

 目が覚めると外は既に明るかった。宝塚や六甲の山々が、朝日に照らされて輝いていた。今日は、気持ちの良い暖かい一日になりそうだと思った。
 昨晩は早く眠るつもりだったが、つい読み始めた高村薫の「マークスの山」から離れられず、読み通してしまい、夜更かししてしまった。久しぶりの本三昧だった。
 早いもので、つい昨日始まったと思った2005年も早1カ月。光陰矢の如しというが本当にそうだ。
 不惑を越えてから、メンテ不十分だった体力の低下や、物覚えの減退、生活がワンパターンのせいか、考えたり・感じたりする力の低下など漠然と不安を感じるようになった。一方、益々、仕事のささいな合間にでも、もっと生活を楽しみたい、絵を描きたい、旅行したい、人と会いたい、料理をしたい、草木を愛でたい、音楽を聴きたい、詩歌を読みたい、などの想いが強まる。昔読んだ開高健の旅行記、新田次郎の山行の物語、映画ミッドナイトエクスプレス、学生時代の旅、が再び心の中で輝こうとしている。
 そんな時ブログを知った。自由な時に、気ままに何でも書け、簡単に交流ができるツールとか。このブログを、新しい生活スタイルへの転換(ちょっと表現が大げさだが)の相棒にして、自分を励まそうか。
 誰かが「またパソコンに向かって。。」とぶつぶつ言っているが、これは仕事ではありません。

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