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2009/06/28

豪徳寺と松陰神社

吉田松陰、松陰神社に魂眠る

井伊直弼、豪徳寺に魂眠る

その距離1キロ

吉田松陰、安政6年10月27日、江戸伝馬町の獄に於いて斬首刑

井伊直弼、安政7年3月3日、江戸城桜田門外で暗殺される

幕末の同じ嵐の時代を生き、異なる生き方で斃れた2人が

世田谷の台地の上で、互いにすぐそこで眠っていた

 

井伊直弼は、幕府再興を目指し、吉田松陰は、尊王を貫く

時代は、幕府から朝廷を中心とした開国中央集権国家に移り、

松陰の精神を受け継いだ者達が主役になった

 

曹洞宗大谿山豪徳寺は静かな住宅街の中にある

立派な山門から入ると想像以上に広々とした境内と静けさ

カエデやヒノキなどの古木が高くそびえる

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井伊家の菩提寺でもある

井伊直弼の墓は、大木の下、寺の端にあった

どんよりと曇った雲、石畳、烏の声が聞こえた

維新より既に150年

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豪徳寺を出て、世田谷城址公園の横を歩き

烏山川緑道を歩く

日曜日、どんよりとした雲、昼下がり

行き交う人と殆ど出会わない

あげは蝶が舞う

国士館大学の間を抜けて行くと

松陰神社に着く

社殿に向かって石畳を歩く

小雨が降りはじめた

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高杉晋作、久坂玄瑞、伊藤博文、山縣有朋、

前原一誠、品川弥二郎、山田顕義。。。。。

ある者は維新前に斃れ、ある者は維新に失望し斃れ、

そしてある者は明治の元勲・重鎮となった

皆、若き日々、松陰に師事していた

時代を動かそうと命を懸けていた 彼らが通った松下村塾を模した建物がある

想像以上に小さかった この小さな塾で何人もの烈士が生まれたと

熱い魂の誕生の場は物的な広さではなく

心と創造力の広さだったのだ

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雨足が益々強くなってきた

彼らの見た夢に、想いをはせながら

雨中、世田谷駅に濡れながら帰る

 

徳を為し、材を達するには

師恩友益多きに居る

故に君子は交游を慎む

(吉田松陰 士規七則より)

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