豪徳寺と松陰神社
吉田松陰、松陰神社に魂眠る
井伊直弼、豪徳寺に魂眠る
その距離1キロ
吉田松陰、安政6年10月27日、江戸伝馬町の獄に於いて斬首刑
井伊直弼、安政7年3月3日、江戸城桜田門外で暗殺される
幕末の同じ嵐の時代を生き、異なる生き方で斃れた2人が
世田谷の台地の上で、互いにすぐそこで眠っていた
井伊直弼は、幕府再興を目指し、吉田松陰は、尊王を貫く
時代は、幕府から朝廷を中心とした開国中央集権国家に移り、
松陰の精神を受け継いだ者達が主役になった
曹洞宗大谿山豪徳寺は静かな住宅街の中にある
立派な山門から入ると想像以上に広々とした境内と静けさ
カエデやヒノキなどの古木が高くそびえる
井伊家の菩提寺でもある
井伊直弼の墓は、大木の下、寺の端にあった
どんよりと曇った雲、石畳、烏の声が聞こえた
維新より既に150年
豪徳寺を出て、世田谷城址公園の横を歩き
烏山川緑道を歩く
日曜日、どんよりとした雲、昼下がり
行き交う人と殆ど出会わない
あげは蝶が舞う
国士館大学の間を抜けて行くと
松陰神社に着く
社殿に向かって石畳を歩く
小雨が降りはじめた
高杉晋作、久坂玄瑞、伊藤博文、山縣有朋、
前原一誠、品川弥二郎、山田顕義。。。。。
ある者は維新前に斃れ、ある者は維新に失望し斃れ、
そしてある者は明治の元勲・重鎮となった
皆、若き日々、松陰に師事していた
時代を動かそうと命を懸けていた 彼らが通った松下村塾を模した建物がある
想像以上に小さかった この小さな塾で何人もの烈士が生まれたと
熱い魂の誕生の場は物的な広さではなく
心と創造力の広さだったのだ
雨足が益々強くなってきた
彼らの見た夢に、想いをはせながら
雨中、世田谷駅に濡れながら帰る
徳を為し、材を達するには
師恩友益多きに居る
故に君子は交游を慎む
(吉田松陰 士規七則より)
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